OREGON®の歩み
1947年、オレゴン・ソーチェーン・マニュファクチャリング・コーポレーション(Oregon Saw Chain Manufacturing Corporation)が設立されました。 従業員4人、そしてたった1種類の製品でスタートしたのです。
現在、OREGON®は従業員3,000名、数千種類の製品を扱うOregon Toolの傘下で、 世界一のソーチェーン、ガイドバー、スプロケット、アクセサリーおよび屋外小型機器部品のブランド名として広く世界に知られるまでになりました。
画期的なソーチェーンの誕生
1946年の秋、ある凍てつくような日に、木材伐採者でもあり発明家であった、 ジョセフ・バーフォード・ コックス(Joseph Burford Cox)は林で薪用の木を切っていました。 そのとき彼は切り株で、親指ほどの大きさのカミキリムシの幼虫が、固い木材を噛み砕きながら切り株の中に潜り込んでいっているのを目にしました。 幼虫は木目を横切る方向にも、それに沿う方向にも、自由自在に進んでいるのです。 ジョーは、当時出回っていたチェーンソーの取り扱いについては熟練した腕をもっていましたが、カッティング・チェーンには悩まされていました。 というのはヤスリ掛けやその他の手入れに、多くの時間を要していたからです。
「この問題をどうやって解決すればいいか、何ヶ月も考えていたんだよ。 自然法則からの答えを探してね。ところが、なんとその答えをカミキリムシの幼虫が教えてくれたんだ」 ジョーは、この幼虫の相互に交錯する"C"形の顎と同じ形を鋼鉄で再現できれば、 チェーンが木に食い込むことができるのではないかと察知したのです。 彼はオレゴン州ポートランドにあった自宅の地下工房で作業にとりかかり、そして革命的な新型チェーンをつくることに辿りついたのです。
こうして、コックス・チッパー・チェーン(Cox Chipper Chain)第1号の製造販売が1947年11月に始まりました。 ジョーが製作したこのオリジナル・チェーンの基本的設計は、現在でも広く採用されております。このソーチェーンの開発は、 木材伐採業の歴史において最大の影響を与えた事件の1つです。
1948年に2つの重要な出来事が起こりました。1つは、会社がジョーの家の地下室から大きな事業所(約450坪のガレージ)に移ったことです。 第二は、ジョーが、ジョン・グレイ(John D. Gray)を雇ったことです。ジョンは当時28歳で、ハーバード大学ビジネス・スクール(経営課程大学院)を卒業したばかりの人物でした。 彼が入社したとき、事務所での彼の椅子は釘の樽でした。なぜそのような質素な道を選んだか、 彼は次のようにいっています。「挑戦してみたかったのです。明かな潜在性に溢れた何事かに賭けて、 その地下1階に身を置いて、そこから出発する道を選んだのです」。 後に彼は、事業規模を30万ドルから3億ドルに拡大させることになりました。
1951年には、売上高が100万ドルを超え、1952年には、カナダ・オンタリオ州・ガルフに 立地するプラナー・チェーン社(Planer Chain Ltd.)を買収して、会社は多国籍企業になりました。
1953年、ジョーは会社をジョン・グレイに売却しました。会社はその後も輝かしい成長を続けます。 1955年、会社は工業団地に工場を移しました。ポートランドに立地する65,000平方フィート(約6000坪)の事業所で、 のちほど管理部門のビルとなった場所です。 ジョン・グレイはその後、カナダでの事業運営のために新しい工場を設置し、次いで営業のために出張したスウェーデンで、 オレゴンブランド・チェーンのヨーロッパ第1号顧客を得たのです。
1959年、国際市場に進出し、ソーチェーン用ガードリンクについての最初の特許を出願いたしました。 今日では通常の場合、ガードリンクは安全確保とキックバック抑制のために装備されます。 しかし当時は、このオリジナル・ガードリンクに期待されていた役割は、小さな房をカットするときに頻繁に起きるフッキングとグラビング(切った小枝などが突き刺さるようにして、 あるいは、つかみ取るようにしてチェーンに食い込んでしまう現象)を抑止するだけのものでした。 ところが、このガードリンクを使用していたベニヤ板メーカーが予期せぬ利点を発見いたしました。 それは、チェーンソー事故が減ったということです。これを機に、ベニヤ板メーカー各社がこぞってこの新型チェーンを採用するようになったのです。
1963年、画期的な新型チェーンソーと新型ソーチェーンによって、軽量、高速、ダイレクト・ドライブ(直接駆動)ソーという、 チェーンソーにとっての新時代の幕が上がりました。 チェーンソーはホームライト XL12、ソーチェーンは、このチェーンソーのために特別に製作された、 3/8ピッチのチェーンとして初製品となったオレゴン72Dです。この両製品はとてつもない成功を収め、 現在でも当時の72Dの設計をベースとしたソーチェーンが広く使用されています。
安全性の追求、そして発展
1960年代後半から70年代前半にかけての時代は、ノーズのキックバックを抑制するための研究開発に明け暮れた年月でした。 1970年にキックバックをテストする機械の開発が始まり、第三世代キックバック・テスト機が完成した1972年に幕を閉じました。 このオレゴンテスト機によって、キックバック抑制型新製品の開発が可能になりました。 最初に登場した製品群の1つが、91シリーズ(1974)や76シリーズ(1976)などのロープロファイル・チェーン(上下の幅の狭いチェーン)です。
キックバックに関する初期の研究において、ガイドバーのノーズを小さくするとキックバックの抑制に効果があることが判明し、 1977年に、オレゴンカードチップバーが発表されました。このガイドバーには、その形が左右非対称(アシンメトリック)になっていることから、 「バナナ・バー」というあだ名がつきました。 1970年代後半に、チェーンソー業界の多数のメーカーとアメリカ合衆国消費者製品安全委員会(U.S. Consumer Product Safety Commission)との間で、 キックバック標準(規格)の設定に向けての集中的な共同作業が始まりました。
オレゴン社の技術者は、この作業年月を通じて中心的な役割を果たしました。1985年に、この作業における最終報告として、 キックバックのパフォーマンスに関する諸要件が定まりました。ANSI B175.1規格として知られるチェーンソーに関する自主的安全基準がそれです。
1985年に、それまでにオレゴン社の親会社になっていたオマーク(Omark Industries)社が、 建築と製造業を営む国際企業でアラバマ州モントゴメリーを本拠とするブラント社(Blount, Inc.)に吸収されました。 1997年には、ブラント社がミズーリ州カンサスシティに所在するフレデリック・マニファクチャリングを買収し、 この工場では現在OREGON®ブランドの高品質な芝刈機の交換部品や他の屋外作業機器の生産しております。 その2年後1999年に、ブラント社は、リーマン・ブラザーズ・マーチャントバンキング・パートナーの関連会社と合併いたしました。 同社は、「フォーチューン500社(Fortune 500)」リストによるアメリカ合衆国企業番付で88番目に位置する企業でした。
2002年には、本社をアラバマ州モンゴメリーより当時オレゴン・カッティング・システムズとICSを有する屋外作業機器部門の本社機能があるオレゴン州ポートランドへ移転しました。 同年、屋外作業機器部門の社長を15年間務めたジェームス・S・オスターマンがブラントインターナショナル社の社長兼CEOに就任しました。 2005年にはオスターマン氏は会長兼CEOに就任しております。
2004年、リーマン・ブラザーズ・マーチャントバンキング・パートナーがブラント社の大半の株式を売却し、会社の歴史の中で初めてブラント社は独立公開企業となりました。 2007年11月に、ブラント社は木材伐採トラクタ、ローダーおよび関連機器を製造する林業機器部門をキャタピラー社へ売却し、 林業・造園・土木建設分野へ事業を集約しました。 2009年、勤続50年を機にジェームス・オスターマンが引退し、同12月にブラント社の取締役であったジョシュア・L・コリンズが社長兼CEOに選任、 そして2010年5月には取締役会会長に就任しました。
現在、Oregon Toolは、チェンソー用のソーチェーン、ガイドバー、ドライブスプロケットの世界的なメーカーおよびマーケターです。そして、屋外機器部品の大手メーカーでありサプライヤーです。オレゴンブランドは世界100カ国以上で選ばれ続けています。
革新的な精神で知られるOregon Toolは、優れた競争力を提供し、市場シェアをリードする製品の製造に力を注いでいます。アメリカ・オレゴン州ポートランドに本拠地を置き、アメリカ・カナダ・ブラジル・中国に製造工場を構えています。その事業は世界中で 3,000人以上の従業員を雇用しており、製品は100ヵ国以上で販売されています。